

「エアコンのいらない家」の著者であり、プロジェクトの代表者でもある山田浩幸に話を聞きます。
バブル時代の建築をめぐる矛盾と葛藤、
東日本大震災後に変化した建築への価値観、
いまどきの省エネ住宅への違和感。
いま、あえて「ローテクな住宅」を提案すること
の意義とねらいは、どこにあるのでしょうか。
聞き手:藤山和久(「建築知識」元編集長)
2015/12/8


設備設計者って何をする人ですか?
――
山田さんの肩書は、公式には何になります?
山田
一般的には「設備設計者」でしょうね。
――
一般の人に、「設備設計者って何をする人ですか」と聞かれたら何と答えていらっしゃいます?
山田
そういうときは、建物をカラダにたとえて説明すると分かってもらえるみたいですよ。
建物を人間のカラダにたとえると、大きく3つの部分に分けられます。
1つは、目に見える形態の部分。
意匠(いしょう)設計と呼ばれる分野で、この設計を担当するのが意匠設計者です。
世間一般に「設計者」「建築家」と呼ばれている人は、すべてこの意匠設計者になります。
2つめは、人間の骨格に相当する部分。
これを担当するのが構造設計者です。
おそらく日本でいちばん有名な構造設計者は、いまでも姉歯さんでしょうね。
――
耐震強度偽装事件の。
山田
ええ。
あの事件で、世の中に構造設計者なる職業があることが広く認知されたと思います。
で、3つめが、内臓の働きや血液の循環に相当する部分。これが設備設計になります。
私の専門分野はここですね。
具体的には、冷暖房、換気、給排水、電気、通信などの設計をする仕事です。建物の規模が大きくなれば、ここに防災の設計も入ってきます。

――
なるほど。
分かりやすいたとえです。
山田
どんなに格好の良い建物を設計しても、そこに電気もガスも水道も通っていなければただの箱でしょ?
建物というのは意匠・構造・設備の設計が三位一体となってはじめて、「使える建物」になるわけです。
――
ええ。
山田
ただ、哀しいかな、設備設計の良し悪しというのは、建物を実際に使用してみないと分かりません。住宅であれば、最低1年くらいは継続して住んでみないと、良し悪しの評価が下せないんです。
――
夏の間は快適だったけど、冬になると寒くてとても住んでいられないみたいなことは、1年くらい住まないと分かりませんよね。
山田
そうですね。
「ああ、この家はいいな。きっと設備設計の人がいい設計をしてくれたのだな」としみじみ感じられる頃には、私の名前はすっかり忘れられています(笑)。

――
まさに、人間のカラダと同じ。
内臓や血管の働きは外から見えませんから、「山田さんの血液、サラサラで循環も良さそうだから、私好きになりそう」なんて、女性にひと目惚れされるなんてことは絶対にあり得ない。
基本的には、見た目の良し悪しが、好き嫌いに大きな影響を与えてしまう。
山田
だから通常は、見た目の良い家がもてはやされるわけです。
あるいは、「震度7でもビクともしません」と構造の強さをアピールしているような家が好まれる。
もちろんそれも大事でしょうが、同じように設備の設計もきちんとしておかないと、「あれ? この家なんか居心地悪いかも」と違和感を覚えることになるでしょう。
――
「冬に結露が発生する」とか、「夏場は暑くて部屋のなかにいられない」といった不具合に悩まされている人は、日本中にいると思います。
山田
見た目だけで判断すると、そういうことになりがちです。
建築の場合、「見た目が9割」はダメなんです。
すべてはお施主さんとの雑談から
――
ここで、読者のために一般的な建築業界の話をしておくと、山田さんがやられている設備設計というお仕事は、建築設計のなかでも「裏方の仕事」になりやすいかと思います。
意匠設計者(建築家)が構想する建築計画に下請け的なポジションで参加して、すでに決定している建築デザインに、設備設計側がつじつまを合わせるように設備機器やダクト、配管を組み込んでいくような仕事が多いですよね。
山田
多いというか、ほぼすべてそのパターンと言ってよいでしょう。
――
山田さんもそうですか?
山田
たしかに、意匠設計者とお施主さんの間だけで話が進められて、そこで決まった方針に沿って設備設計者が粛々と仕事をしていくことが多いのは事実です。
ただ、私の場合、最近はほとんどの案件でお施主さんから直接ご要望をうかがうところから仕事を始めるように変わりました。
――
それは、山田さんの要望で?
山田
いや、自分から打ち合わせの場にしゃしゃり出ているわけではなく、意匠設計者に呼ばれて同席するというかたちがほとんどです。
いまは、場合によっては、建築の素人であるお施主さんのほうが設備についての知識をたくさんもっていらっしゃる時代です。
インターネットで何でも調べられるわけですから。
そうなると、意匠設計者としては、お施主さんからちょっとマニアックな質問をされただけで答えに窮してしまう。
だったら最初から設備設計者を同席させておいたほうが、お互いのためですよね、ということです。

――
たしかに、そうですね。
山田
おかげで設備側の人間としては、住宅の設計であればお施主さんのご家族の性格や趣味嗜好などがダイレクトに把握できるようになって、非常に助かっています。
相手のことを何も知らずに設計を始めるというのは、言ってみれば手ぶらで山を登り始めるようなもので、せめて方位磁石くらいは持っていないと道に迷うのは時間の問題でしょう。
――
お施主さんとは、どういう話をされるのですか?
山田
ほとんどが雑談レベルですね。
設計に関することでいえば、空調設備の話が多いでしょうか。
まさに、エアコンがいるか/いらないかという話。
そのご家族が暑がりなのか、寒がりなのか、それがどの程度のものなのかは、実際にお話してみないとよく分かりませんから。
――
個人差もあるでしょうし。
山田
もちろん個人差があります。
ですから、奥様に「エアコンを使った空調は大丈夫ですか?」「いままで空調に関してストレスを感じることはなかったですか?」とうかがったら、同じようにご主人にもうかがいます。
場合によってはお子さんにもうかがいます。
そのうえで、その家の空調計画全体の方向性を打ち出していきます。
――
奥様とご主人の意見が一致することは少ないのでは?
山田
まずないですね。
たいてい、奥様が寒がり、ご主人が暑がりというパターンです。
ですから、その家の主導権を握られているのはどちらかなと見きわめて……。
――
ほとんど奥様でしょ?
山田
圧倒的に(笑)。
そんな感じで、たとえば空調計画全体の方向性を会話のなかから探っていくわけです。
「エアコンを選びました」は、設計ではない
――
一般的な話をすれば、設備設計者が設計に参加する案件というのは、ある程度規模の大きな建物で、山田さんのように、戸建住宅の設計に設備設計者が関わるというのは、きわめて稀なケースではないかと思います。
通常の木造住宅であれば予算的な制約もあって、意匠設計者が構造設計と設備設計を兼務する一人三役が多いですよね。
工務店だったら、工務店の設計担当者がすべてを設計する。
つまり、日本の戸建住宅のほとんどは、意匠設計者一人が設備の計画まで面倒をみているわけです。
そこに、何か問題はありませんか?
山田
こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、戸建住宅の場合、設備の設計はほとんどなされないまま放置されている。
仮にされていたとしても、きちんとできていないというのが大半ではないでしょうか。

――
設備設計は放置されている。
山田
たとえば、ある工務店が3LDKの戸建住宅を設計したとします。
当然、いくつか部屋ができますから、設計担当者は部屋の広さに応じてエアコンを選定するでしょう。
エアコンのカタログを見て、「この部屋は6畳だから6~9畳用のエアコンにしておけばいいか」と。
おそらくそれが、彼なりの「空調設備の設計」です。
しかし、言うまでもなく、その「設計」はエアコンの『機種を選定した』というだけで、『空調の設計をした』ことにはなりません。
――
先に間取りを決めておいて、あとから部屋の広さに合わせたエアコンなり、ストーブなりを設置する、あるいは換気扇を適当な場所に取り付けるというやり方ですね。
山田
ええ。
それは、設備設計ではないんです。
本来、設備設計というのは、たとえば空調の計画なら、その敷地において、その住宅全体を快適な空間にするには、どのような方法が考えられるか。
窓を設けるとしたら、どこがよいか。
また、設ける窓のサイズはどれくらいがよいか。
空調機器を設置するなら、どのような機器を選定し、どこに設置すればよいか。
そういったことを、いくつもいくつも考えていかなければなりません。
しかし、そうした検討項目を全部脇に追いやって、間取りやデザインだけを先に決めてしまう設計者がほとんどです。
――
計画の順番が逆になっている。
山田
そういうことです。
正しくは、間取りと、空調をはじめとする設備計画を同時に検討していくこと。
これが、建築設計のあるべき姿です。
さっき言った、「意匠・構造・設備の三位一体」ですね。
実際、考える順番を変えただけで、同じ敷地に建つ住宅でも、エネルギー消費量が格段に少なくなる家ができるわけですから。
(つづく)
